12月                   雨貝 行麿(館長)


最近、ふと、沢宣彦氏が北海道クリスチャンセンターに寄られました。
沢氏は、北海道留寿都村村長を引退されて、札幌に戻られたのですが、
かっては北海道教育長を勤められた方です。実はさらに祖父は沢茂吉
(さわ・しげよし、すでに歴史上の人物ですので敬称を用いません)で
明治期、北海道開拓の先駆者の一人で「赤心社」を創設して入植、安息
日厳守、飲酒禁止、共同農業で成果をあげたかたでした。

 当の宣彦氏は北海道大学在学中、北海道クリスチャンセンターを訪れ
て英語のバイブルクラスに参加、当時のチャップマン宣教師ご夫妻の厚
遇をうけたことを昨日のようにお顔をほころばせながら語られました。
当時のバイブルクラスは盛況で、勢いのよい神学生たちも参加されてい
たとのことですが、そればかりではなく居住されていた北大学生寮恵迪
(けいてき)寮では夜な夜なマルクス主義の活動家も弁舌を奮っていた
とのことです。戦後の学生時代の生活を活き活きと語られました。日本
の戦後、国家再建という希望の時代に青年時代をすごした人たちは、そ
の心に深い軌跡を残しておられます。

 この方が北海道における子どもたちの育成にあたって「同汗同行」を
提唱しておられます。自然に恵まれた北海道では、ひとは同じ汗をした
たらせながら、行動を共にしようということです。青少年育成の基本で
す。わたしは氏が真駒内青少年の家の館長をされておられたとき、熱心
に語られていたことを記憶しています。

 さて、わたしは、この夏北海教区宣教部若者担当が主催して8月4泊
5日で「教会青少年キャンプ」を「芦別祈りの家」で実施した報告をみ
ました。感銘をうけました。

計画当初は1日長いという意見もあったようです。しかし机の前に座
っていた青少年たち自身が、自分から納得して労働するまでになるには、
すこし時間が必要でした。

 仕事の段取りです。手分けをします。人間は道具の使うのですから
その使い方です。

食事だっていままで作ったことがありません。食べて残してもいました。
自分勝手に食べることしか考えたことがありません。力を合わせること
など、あまり経験したことがありません。その必要もない身の回りでし
た。そんな生活の中で、聖書を読んでも何も活き活きとした息遣いなど
感じることがありませんでした。「祈りの家」に来て何をするのかさえ
考えられませんでした。イメージが湧かないのです。

その人たちが、2本の立ち枯れていた蝦夷松を切り倒して、枝を払い、
角を削り、すっきりとした、たくさんの椅子に変えました。いま乾燥中
です。その傍にはモルタルを練って、耐火煉瓦を積み上げて来年はピザ
を焼くつもりになりました。旧会堂の外壁に塗料をぬって新築のように
してしまいました。高い屋根の天辺、十字架を塗るなど今まで考えたこ
ともありません。会堂内を清掃し整頓しました。しっかりした材木でで
きていますので磨きがいがあります。みんなでやると意外や意外、少し
やって無理じゃないかと思い始めたことが、そうではなくなりました。

 汗をかきますと食事が進みます。よく眠ります。心身が爽快になりま
した。久しぶりか初めてかわかりません。北海道はまだ開拓です。
沢氏の提唱する「同汗同行」ですね。

 礼拝でもなんか新たな気持ちにさせられ、励まされ、独りじゃないと
いうことが心の中に確信みたいに居座りました。イエスさまを信じるひ
とたちが夢中だということもまぢかに知りました。「こうしてはいられ
ない。」そう心の中で感じて一同帰路につきました。