新年明けましておめでとうございます。    館長 藤原 亨

本年も皆様方の上に主の御祝福が豊かにありますように心からお祈り申し上げます。本年も旧年に倍して当センターをお祈りのうちにお覚えくださいますと共にご支援くださいますように心よりお願い申し上げます。 

 12月より就任いたしました私のことを皆様方に少しでも知っていただくために去る11月初めに「ホレンコ」(福音放送を行っている)の番組「喜びの扉」で放送されましたものをここに再録させていただきますことをお許し願います。

聖書の冒頭に「初めに、神は天地を創造された」と記されております。この世界にある全ての物は、神さまの手によって造られたという信仰を言い表しております。すべての物が神さまによって造られたなんて信じられないと思われている方もあるかも知れません。私たちの目に見えるもの、見えないものも含めて存在するものは、神さまがすべてお造りになったのだと聖書は信じております。神さまは、何と素晴らしく、何と見事にこの宇宙を創造しておられることでしょう。この世界は何と秩序正しく、また調和に満ちて造られていることでしょう。その証拠に、太陽や星の運行を知れば知るほどその感を深くいたします。また人間の身体の構造と機能を知れば知るほど、その神秘さと不思議さは増すばかりです。その上に創造者なる神さまは、多くの恵みをお与えになっております。人間を初め生きとし生ける者が生存して行くに必要なものをちゃんとそなえておられます。私たちは、いつも何か足りない、満たされない思いでいる場合が多いのですが、神さまの愛を知り、神さまから沢山の恵みをいただいていることを知る時に、生きることの喜びと感動に満たされて人生を送ることが出来るようになります。

私は、高校を卒業した翌年にキリスト教会に導かれ、その3ヵ月後に神様を信じるようになった者ですが、それまでは人間は自分の力で生き、自分中心に理性を持って生きることが、人間として一番大事な生き方だと考えておりました。ですから、人間が神さまによって造られたなどということは考えても見ませんでした。しかし、高校卒業直後に人生に絶望して生きる力を失い、生きていることの虚しさを痛感してその苦しさから逃れるにはもう自殺するしか道はないと一年余り苦しみもがいている時に、知り合ったばかりの人に無理やりキリスト教会に連れて行かれて初めて聖書と出会い、聖書の中に記されている神さまを実感し、神さまの大きな御手の中に抱かれていることを確信することが出来ました。その時から、神さまこそが私たち人間の創造者であり、人間は神さまによって造られた被造物であって、決して神さまのような存在ではないのだということをはっきりと理解することご出来るようになり、それ以来50年間神さまを信じて生きて参りました。

自分の力で、理性的に生きようとする姿勢は、究極的には神さまに反抗する生き方であり、ちょうど子どもが自分の親に対して、今まで親に育てられて大きく成長したことを忘れて、自分ひとりで生きて行けるからもう親はいらないと言うのと全く同じだと思うのです。その時、親はどんなに思うでしょう。大変悲しむのではないでしょうか。私たちが神さまに対して自己主張して行く時に、神さまを大変悲しませていることに思い至らなければなりません。

祭りやなんかの時、人々が大勢いる中で子どもが親の手を握っていれば、人の勢いで手を離してしまって、迷子になる危険性があります。しかし、子どもの手が親の手にしっかりと握られていれば、少々人の力で押されても手が離れて迷子になるようなことはありません。私たちが自分の手で神さまをつかまえるのではなくて、神さまのみ手にしっかりと握られていて、その愛の中に包み込まれていることを確信しながら生きて行く時、本当の安心、本当の平安があります。

もし皆さんの中に自分を見失い、どうやって生きたら良いか迷っておられる方がありましたら是非近くのキリスト教会においでください。聖書の学びと教会員との交わりを通して、あなたを愛しておいでになる神さまとの出会いを経験され、生きる意味と喜びを味わいながら一度しかない人生を力強く生きられますようおすすめいたします。